カガリ・ユラ・アスハ、十八歳、性別女。オーブ連合現首長。
彼女は今、とてつもなく不満だった。







宇宙船艦ミネルバのブリッジの意外と座り心地の良い椅子に深く身を沈めながらも、カガリは力一杯機嫌の悪い表情をしていた。
プチップチッと、どこかの血管が確実に切れていてもおかしくはないほど、彼女の機嫌は悪かった。
プラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルとの極秘会談。
プラントの一つであるアーモリーワンで行われていた会談の最中、それは突然に起きた。
ザフトから奪われた新型のモビルスーツ。
燃え上がる炎。
人々の悲鳴。
何が起きたのか理解する前に、彼女の護衛で共にアーモリーワンへと来ていたアスランが、動いていた。
赤い炎の中、彼女たちはこのミネルバへと助けを求めたのだが。
アスラン曰く「デュランダル議長が、このミネルバに乗り込むのが分かったから、議長のいるここなら、君の安全も確実だと思って」なのだそうで。
まぁ、それはとてもありがたいことだと思うし、判断も間違ってはいないのだろう。
公ではない会談の相手は、ギルバート・デュランダルだ。その彼が乗り込んだミネルバに助けを求めることは、話の通じる相手がいるだけで、心強くもある。
しかしだ。
彼女にとってデュランダルは苦手な部類の人間だ。何でアイツがいる艦に同乗しなければならないのだと思うし、「姫」呼ばわりすることも気に入らないことであり、何より落ち着きすぎているのが嫌だ。
評議会議長が、あまり感情的になるのは良くないことではあるのだろうが、それにしたってと彼女は思う。
(あの、何でもお見通しって顔が、気に入らないんだよなぁ)
そして今も。
デュランダルは、アレックス・ディノと偽名を使っている少年が「アスラン・ザラ」であることを、見抜いている。
カガリの護衛、アレックス・ディノ。
彼がアスランであることは、紛れもない事実だが、それはアスラン自身を護るための予防線だ。
それを簡単に壊すなと思う。大人なら、見て見ぬフリをしろ、と言いたくなる。
カガリの勝手な言い分であるし、本当の名前を言えない辛さは、アスランにしか分からないことだけれど。
名はその人物を表すものだ。それが偽りであるなら、なんとかかんとか。
デュランダルの静かな声に、アスランの肩が微かに震えていた。
うんちくはどうでもいいのだ。うんちくは。
「君はアスラン・ザラだね」と言えば済むことなのに、前置きが長い。
アスランに何を言わせたいのだ。アスランに何をさせたいのだ。
もう我慢は出来ないとばかりに、カガリは勢い良く立ち上がった。
「議長!」
「おや?どうされました?姫・・・」
穏やかな笑みを向けられ、カガリは一瞬たじろぐが、ここで負けるわけにはいかない。
「議長!さきほどからあなたは、コイツに何を言わせたいのですか?偽りがどうのこうのとおっしゃっていますが、コイツは・・・」
「落ち着いてください、姫」
デュランダルが困ったような、それでいてどこか楽しむよにカガリの言葉を遮る。
「私は彼を困らせたいわけではないのですよ。ただ、偽るよりは本当の姿が良いに決まっていると、申し上げたいだけです。分かりますか?アレックス・ディノ。いや―――」
アスラン・ザラ―――と。
デュランダルは、口の端を上げた。
「議長!」
カガリの叫びが、ブリッジに響く。そこにいる者の視線が、何も応えず俯き加減の少年へと集中した。
藍色の髪に白い頬。きつく結ばれた赤い唇。元ザフトのエースパイロットにしては華奢な体。
戸惑いを隠せず、揺れる瞳はとても儚げだ。
護りたいという、庇護欲にも似た気持ちが自然と溢れてしまうのはどうしてだろう。
(本当にこの子がアスラン・ザラ?あのクルーゼ隊のアスラン・ザラって、こんなに可愛いかったかしら?)
この艦の艦長であるタリア・グラディスは、膝の上で両手を握り締めるアスランを、まじまじと見つめた。
大人でも子供でもない、不安定な領域。
幼さが残っている分、脆く見えるのだろう。
だからといって、アスランにかける言葉が直ぐに出るはずもなく。何を言えば良いのかも分からない。
ピリッと張り詰めた空気を破ったのは、デュランダルだ。
「あぁ、すまなかったね。ここで話すことではないな。場所を変えましょう」
ゆっくりと腰を上げデュランダルは、アスランの肩にそっと手を置く。俯いていた彼の顔が上がり、長身の男と眼が合った。
「さあ、行こうか、アスラン」
促すデュランダルに、アスランは応える術を持たない。代わりにカガリへと不安な瞳を向けた。碧の綺麗な色が、カガリを捉える。
それが彼女の熱い女のスイッチを入れた。
「議長!話はここでいい」
「姫・・・?」
カガリの只ならぬ雰囲気に気付き、タリアは息を呑む。どうしたのだろう、それほど怒ることなのだろうか。
二人の間でどうして良いのか分からず、縋るような視線をタリアに送ってくるアスランに、哀れみのような感情を覚えるが、彼女が口を挟む余裕はなく。
落ち着きなさい、と彼に小さく言うのが精一杯だった。
その間も、デュランダルとカガリの睨み合いは続いている。先に口を開いたのはカガリだ。
「・・・あなたの言うように、コイツはアスラン・ザラだ」
「カガリ!!」
驚くアスランを無視して、彼女は続ける。
「私もコイツが護衛としてあなたとの会談に同席するのは、本当は反対だったんだ。だってそうだろう。プラントにはコイツを知っている奴らがいる。偽名を使ったって、アスランだと分かってしまえば、何が起きるか分からない。でも・・・」
そこで一旦言葉を切り、今度はアスランをジロリと睨んだ。
何でそんな怖い顔をするのだろう、と首を傾げる彼に彼女は鋭く言い放つ。
「アスランがアスランであると分からなければ大丈夫だと、確かに私も思ったさ。けどな、コイツが自信ありげに変装だといってサングラスをかけたときは、泣きたくなった。そのときの私の脱力した気持ちが、あなたに分かるか?」
空しさを含んだ彼女の声音に、周りはぽかんと口を開け、アスランはきょとんとしている。数回瞬きを繰り返し、アスランは上目遣いにカガリを見た。
「・・・カガリ?そんなにこの変装っていうかグラサン、似合ってなかった?」
「グラサンって言うな!グラサンって!つーか、それ以前の問題だ。お前、ちゃんと考えたのか?変装っていうのは、バレたら意味がないんだぞ」
「嫌だなぁ、カガリ。それくらい俺だって分かるよ。でもキラが、変装っていったらグラサンは絶対条件だって・・・」
少し照れた笑みを浮かべるアスランに、カガリは頬を引き攣らせる。なんとなく会話がズレている。といより、アスラン・ザラがズレているのかもしれない。
二人の様子を、周りは見守るしかなかった。
「絶対条件?それって、何時の話だ?」
「えーと、俺たちが子供の頃・・・七歳くらいの時かな。刑事ドラマが流行ってさ、主人公が変装ってなると、必ず眼鏡をかけるんだけど、キラが眼鏡よりグラサンの方がかっこいいって言ったんだ。だから、それを思い出して俺も・・・」
「・・・ははーん。そうですか。こぉんのぉぉぉ〜!宇宙一の天然ちゃんがぁぁ!!お前はいつもいつもキラキラキラキラ・・・お前はキラキラ病か!七歳の時の絶対条件を今使うなよ!」
「えーっ!結構いい感じだと思うんだけどなぁ。そう思いません?」
普通に同意を求めてくる少年に、タリアを始めミネルバクルーの表情は硬い。
そう思いませんか、と問われて、そうですねと言えるほど、ここにいる人々は変装アイテムでサングラスが絶対条件だとは思っていなかった。が―――。
「それは素晴らしい絶対条件だね、アスラン」
いたよ、一人だけ、いちゃったよ。
深い溜息が漏らされる中、優雅な微笑でアスランを優しく見つめるデュランダルがいた。
「君の変装は素晴らしいよ。正直、最初は君だと分からなかった。だから君には申し訳ないと思ったが、少しきついことを言ってしまったんだ。偽る姿より、アスラン・ザラでいるべきだとね。許してくれるかい?」
余裕の笑みのデュランダルに、タリアは米神を押さえた。
(・・・それは嘘ですね。単に楽しんでいるだけでしょう。議長・・・)
戦闘以外で余計な疲れは感じたくないものだと、彼女は心底思った。
アスランはアスランで、自分の変装センスを認められ、すっかりご機嫌だ。
ぱあっと花が咲いたような、まるで天使の笑みに、クルーはヤラれた。
アスランがズレていようが、天然だろうが関係ない。
元ザフトのエースパイロットは、こうしてミネルバのクルーへと受け入れられた。
そして、カガリは―――。
勝ち誇ったような、どこか黒い笑みのデュランダルに、戦う気力を失っていた。
(ちょっと待てよ!こいつもアスラン狙いか?考えたくないけど、マジでそうだったらどうしよう・・・。キラといいラクスといいおかっぱといい、どうしてアスラン狙いはこんなに多いんだぁぁ!)
これかどうなるんだろう、こんな議長と一緒なんて、絶対にイヤだ。
カガリは頭を抱えた。






カガリマンの苦悩は続く。
行け行けカガリマン!頑張るんだ、カガリマン!
宇宙一の天然ちゃんを護れるのは、君だ!







すみません。カガリマンは続きます・・・。